西国無双「トレーディングフィギュア 立花宗茂 」

迷走コレクション
🏯ヲタの迷走ぶろぐ城「迷走コレクション」のカテゴリー、今日のコレクションは「トレーディングフィギュア 立花宗茂」の完成品フィギュア、武将録などを投稿しています。

【「立花宗茂」の登場史について】
ざっくりいうと立花宗茂という武将は、現在の大分県にあたる豊後国の武将です。高橋紹運の長男に生まれますが、名将・立花道雪の娘・誾千代の婿養子となって立花家を継ぎます。賢く、気の利いた戦略と武勇で数々の激戦を戦って生涯無敗。豊臣秀吉から九州の逸物と称され、朝鮮出兵でも日本無双と激賞されました。享年77。

立花宗茂は、豊臣秀吉から「東の本多忠勝、西の立花宗茂」と称賛しょうさんされた豪傑ごうけつです。

東の本多忠勝とは徳川家康の家臣で、57回の戦いで一度も怪我けがをしなかったという猛将もうしょう。この怪物かいぶつ比較ひかくされて並び立つ傑物けつぶつが立花宗茂でした。

立花宗茂は、落ちぶれつつあった大友氏を支えたふたりの名将として、風神と称えられ、秀吉からはこと戦国の華と称えられた高橋紹運を父とし、雷神らいじん畏怖いふされた立花道雪に育てられます。

立花宗茂は、戦術眼のするどさは周囲からはいつも評され、彼が出陣しゅつじんした戦いで負けたことは一度もありませんでした。豊臣秀吉は立花宗茂を「西国一」と評し、徳川家康は「あの上杉謙信や武田信玄と同等の器」と絶賛したともいわれています。天下分け目の関ケ原では、義を重んじ西軍についたことでその後浪人となりますが、その傑物ぶりは江戸幕府の時代となり本田忠勝によって推挙され、宗茂の実力をよく知っていた将軍・徳川家康から幕府の御書院番頭(将軍の親衛隊長)として5,000石を給され、まもなく嫡男の徳川秀忠の御伽衆に列せられ、慶長11年(1606年)、陸奥棚倉(南郷)に1万石を与えられて大名として復帰しています。そして元和6年(1620年)、幕府から旧領の筑後柳川10万9,200石を与えられ、関ヶ原に西軍として参戦し、浪人となり苦労を味わうが、一度改易されてから旧領に復帰を果たした、唯一の大名となっています

★九州・太宰府に住む歴史好きの私にとって、紹運、宗茂二代にわたる、義と愛にもあふれるその姿はまさしくは、まさに憧れの傑物。ヒーローであります。


【otamaroのコレクション・さりゆく2025年、皆様へのご挨拶】

👉迷走コレクション(パラレル名:謎?otamaro?otacyan?modelistmaro?)
トレーディングフィギュア 立花宗茂 「戦国無双3 武将ミニフィギュアVol.3」
この度、初登場にして初挨拶。めったに登場しないので…

この場をお借りして、卒爾ながら、初登場と御礼のご挨拶を。

「今年一年ありがとうございました。拙いながらも、ヲタの迷走ぶろぐ城」「愛の抜けた映画ブログともに、統括管理のmodelistmaroより熱く御礼申し上げます。よいお年を…」

\ 最新情報をチェック /

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました